立原恭輔「自由主義者の日記」

保守の立場からの政治問題を主とするblogであったが、いつの間にか「矢島舞依」「Velka」などを中心としたロックファンblogの様相を呈しつつある。 学位は博士(専攻は非公開)。

mars 2014

不覚にも……結構いいじゃないか!
 
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女の子がエレキギターのケースを背負っているだけでかわいく見えるおじさんとしては、こういうのもアリだと思う

みんなの党の渡辺代表が8億円の用途として「熊手の購入」を挙げたことが話題になり、日共の「しんぶん赤旗」が早速からかうような記事を書いている。
「東京都内の「酉(とり)の市」で熊手を販売する男性」が憤っているそうで、その理由として「幸せを祈念する熊手は神聖なものです。釈明に持ち出されて悲しいよ」とのこと。
 
日共のHPには以下のように書いてある。
〈問い〉マルクスが言った「宗教はアヘン」とは、どんな意味で、なぜ今も話題になるのですか?
〈答え〉マルクスは、25歳の時の論文「ヘーゲル法哲学批判・序説」のなかで、「宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである」と書いたことがあります。(略)反動勢力は、「宗教はアヘン」というマルクスの言葉をわい曲して、科学的社会主義を攻撃しました。それが今も影響しているといえます。しかし、マルクスが宗教を侮蔑(ぶべつ)していないことは、宗教によって不幸に抗議している、と述べていることからも明らかです。

ところで、「ヘーゲル法哲学批判・序説」の「人民の阿片である」以降にはこう書いてある。
「人民の幻想的幸福としての宗教を廃棄することは人民の現実的幸福を要求することである。彼らの状態にかんするもろもろの幻想の廃棄を要求することは、それらの幻想を必要とするような状態の廃棄を要求することである。かくて宗教の批判は、宗教を後光にもつ憂き世の批判の萌しである」
私には現実的幸福を要求するために、阿片たる宗教を廃棄せよと書いてあるように見えるのだが。

WIKIPEDIAによれば、旧ソ連では1921年から1923年にかけてだけで、主教28人、妻帯司祭2691人、修道士1962人、修道女3447人、その他信徒多数が処刑されたが、1918年から1930年にかけてみれば、およそ4万2千人の聖職者が殺され、1930年代にも3万から3万5千の司祭が銃殺もしくは投獄された。1937年と1938年には52人の主教のうち40人が銃殺された。

日共はソ連共産党と対立していたが、同じスターリニズム政党である。

my日本のような保守系SNSの存在意義は理解しているつもりである。
しかし、所詮は保守的な人々、比較的均一性を持った人々の集まりである。...
そこで外部への転戦を提案したい。

私が15年以上前にネット上で意見交換をしていた時は、おかしなHP(例えば四国の某県の教組)に出撃しては、矛盾点を追及したり真っ向から反論したりしていた。
 
転戦の対象として私がお勧めしたいのは「BLOGOS」である。
ここには右から左まで様々な論者がいる。
従って口汚く罵ったり、これだけが真実であるというような意見は賛同を得られない。できるだけの根拠を持ったうえで意見を書き込むべきである。
 
私は最近、ある方と非常に建設的な議論をすることができた。考えの根本が違うようなので意見の完全な一致をみることはできないが、互いの論点を整理し、同意できる部分、できない部分を話し合うことができた。
先方からは「随分意見の交換が続いているので、ランチでもご一緒したいぐらいです」との言葉まで(たとえ冗談とはいえ)頂いた。
 
自分の考えを深めることができるので、SNSで活躍している保守系論者にはお勧めのサイトである。

浅田真央ちゃんには是非とも現役続行して欲しい。
年齢的にはまだまだできると思うし、トリプルアクセルを完全に飛べるまで精進して頂きたい。
 
どこかの会社のCMで、氷上で大の字に横たわる真央ちゃんの姿が映されている。
あれほどの名選手でも、技術を追求した末に疲れ切ってしまうことがあるのだろう。
真央ちゃんはもっと若いころから努力を続けている。
その彼女に対して「もっと精進しろ」というのは、ファンの我がままと言うべきかもしれない。
 
しかしASADA MAOの名は我が国の誇りでもあるのだ。
 
こういう言い方もプレッシャーを与えるだけかも知れない。それでも敢えてお願いする。
また素晴らしい演技をオリンピックで見せて欲しい。
 
 
 
 
 

NHK「らららクラシック」でエルガーの「威風堂々」を聴いた。
観衆がユニオンジャックを打ち振りながら合唱する様子は感動的であった。
中間部の歌詞は以下の通りである。
 
Land of Hope and Glory, Mother of the Free,
How shall we extol thee, Who are born of thee?
Wider still and wider Shall thy bounds be set;
God, who made thee mighty, Make thee mightier yet.

希望と栄光の国 自由の母よ
如何に汝を賞揚せん
誰ぞ汝により生まれ出でん
汝の領土は更に拡大を続け
汝を強大ならしめた神は
今も汝を強大ならしめん
 
もちろん、いまの国際秩序では「領土は更に拡大を続け」と言う訳にはいかないが、
それを理解したうえで、まさに威風堂々と歌うことには問題ないだろう。
 
ドイツ国歌は次のような歌詞である。
 
ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ
この世のすべてのものの上にあれ
護るにあたりて
兄弟のような団結があるならば
マース川からメーメル川まで
エチュ川からベルト海峡まで
ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ
この世のすべてのものの上にあれ 
 
ドイツの女性、ドイツの忠誠、
ドイツのワイン、ドイツの歌は
古からの美しき響きを
この世に保って
我々を一生の間
高貴な行いへと奮い立たせねばならぬ
ドイツの女性よ、ドイツの忠誠よ、
ドイツのワインよ、ドイツの歌よ
 
統一と正義と自由を
父なる祖国ドイツの為に
その為に我らは挙げて兄弟の如く
心と手を携えて努力しようではないか
統一と正義と自由は
幸福の証である
その幸福の光の中で栄えよ
父なる祖国ドイツ
 
マークした部分が、いまはドイツ領土でない地域が含まれていること、また婦人蔑視と見られるということで、いまは3番のみが国歌とされている。
 
卒業式の定番である「蛍の光」には2番以降の歌詞もあり、3番・4番の歌詞は以下の通りである。
 
筑紫の極み、陸の奥、
海山遠く、隔つとも、
その眞心は、隔て無く、
一つに尽くせ、國の為
 
千島の奥も、沖繩も、
八洲の内の、護りなり、
至らん國に、勲しく、
努めよ我が背、恙無く
 
千島列島は樺太千島交換条約で正当に得た領土である。
日ソ中立条約を無視したソヴィエトの侵略により占拠されてしまったが、千島全島が我が国の領土であるという見解もあるのである。
 
「汝の領土は更に拡大を続け」という現在の国際法秩序では認められない歌詞を、それを理解したうえで堂々と歌うことのできる英国民をうらやましく思う。

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