こんな芸人は知らないのでどうでもいいのだが、気になったのはマスメディアのつける「敬称に準ずるもの」である。
逮捕された側は「高橋健一容疑者」で、その相方は「今野浩喜」とされている。
一般論として「推定無罪の原則に従えば、逮捕されたとはいえ呼び捨てにするのはおかしい」という話はよくわかる。特に本人が犯行を認めていない場合などはそうである。かといって犯人である疑いが濃いことは事実であり一般的な敬称をつけるのもためらわれる。現行犯逮捕の場合などはなおさらである、ということで「○○容疑者」などと呼んでいるのであろう。
しかし、芸能人の場合は「呼び捨てが通常」である。善良な芸能人が呼び捨てにされる一方、犯罪に関わった芸能人を呼び捨てにするのは好ましくないとして「○○容疑者」とする。
なんかちょっとおかしくないか。
芸能人は呼び捨てが通常なのだから、容疑者になっても呼び捨てで良いのではなかろうか。ジャスティン・ビーバーが指名手配された時も、急に「容疑者」がついていておかしかった。
芸能人は呼び捨てが通常なのだから、容疑者になっても呼び捨てで良いのではなかろうか。ジャスティン・ビーバーが指名手配された時も、急に「容疑者」がついていておかしかった。
この件、WIKIPEDIAで見てみると、こんな滑稽なことになっている。
「稲垣メンバー」は有名だが、「小泉タレント」「布袋ギタリスト」には笑った。「タレントの小泉今日子」「ギタリストの布袋寅泰」でいいんじゃないかと思うのだが、普段呼び捨てにしている芸能人であっても「いやいや、まだ有罪と決まっていない段階で呼び捨てなんてとんでもない」という意味不明な配慮(内在的圧力とでもいうべきか)が働くのであろう。
「伊良部元投手」や「三浦元社長」がおかしくないのは「伊良部投手、今日の調子はどうですか?」という呼びかけに敬称として使うことができ、なおかつ「投手」「社長」は職業や役割を示すものであって必ずしも敬称ではないからである。
しかし布袋に向かって「布袋ギタリスト」と呼びかけることは絶対にない。こんな言い方は日本語にはないのである。
月亭可朝の場合、職業に応じた呼びかけは「師匠」であり、これはどう見ても敬称であるゆえに、犯罪容疑者としての可朝には使えない。そこで「可朝落語家」となったのだろうが、これも「こんな日本語はない」のである。
使っている記者やアナウンサーもさぞ恥ずかしいことだろう。こんな「日本語でない」うえに「おかしな形式主義」の言い回しは早くやめるべきである。新聞協会なり民間放送連盟なりが「芸能人は基本的に呼び捨て」という今も適用されている原則を確認し「犯罪に関わった場合でも同じ」と統一すべきだろう。